『歴史とは何か 新版』

歴史

書誌情報

著者:E・H・カー

訳者:近藤和彦

言語:日本語(原著:英語、原題”What is History”)

出版年:2022年

出版社:岩波書店

選書コメント

歴史とは何か。本書に於いてカーは多くの事例を挙げて論じる。どれも面白いが、その本質は「事実が語るのは、歴史家が声をかけたときのみ」(本書12ページ)、という一句に集約されていると言えよう。

この語句を解釈するためには、事実と歴史的事実との弁別に言及しておかなくてはなるまい。事実とはすぎさりし物事のことであって、すべてにおいて中立であるし、また概念の領域を出ない。ゆえに捉えどころがない。言い換えれば、目の前にあること(現在)、これから来るであろうこと(未来)以外の全てである。

一方で歴史的事実とは、現在の歴史家が実際に起こったであろうと推定したものである。つまり人間の認識の範囲内で、「どうやらかくかくしかじかのことが何年前に起こっていたらしい」と述べることである。「歴史家が声をかける」というのは、こうして事実の一部を切り取って具象化し、意味とガワを与え、我々の認識の範囲の中に落とし込む行為である。これによって事実が「語る」、すなわち歴史的事実となるのである。ゆえに、我々はこれを検証することができる。

であるから、「事実が語るのは、歴史家が声をかけたときのみ」という語句の意味は、次のとおりである。すなわち、今日我々がある種当然のことと認識している、書籍で、ネットで、教科書で語られている「歴史」というのは、すべて歴史の語り手――今日では、この多くが歴史学者となっているが――の創作である。ゆえにこそ歴史家たちには諸々の約束事が課せられている。少しでも多く客観性を確保し、論理的整合性を担保し、検証可能な範囲でもって事をしかるべき判断を下すことだ。これらは、まさに近代科学が体現してきた精神にほかならない。

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